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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)583号 判決 1982年10月26日

上告人

牛田春市

右訴訟代理人

福岡宗也

後藤昌弘

小澤幹雄

被上告人

米常商事株式会社

右代表者

安田稔

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人福岡宗也、同後藤昌弘の上告理由第一点について

商品取引員が委託証拠金をその都度徴することなしに商品市場における売買取引をしたとしても、右商品取引員と委託者との間の契約及びこれに基づく法律関係の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当であり(最高裁昭和四一年(オ)第一四一七号同四二年九月二九日第二小法廷判決・裁判集民事八八号六二三頁参照)、これと同旨の原審の判断は相当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

名古屋穀物商品取引所の定める受託契約準則一三条一項に、商品取引員は、委託を受けた売買取引につき委託者が所定の日時までに委託証拠金を預託しないときは、当該委託を受けた売買取引の全部又は一部を当該委託者の計算において処分することができる旨定められていることは、原審の確定するところである。そして、右規定は、委託者が委託証拠金を預託する義務を履行しない場合に、これによつて商品取引員が損害を被ることを防止するため商品取引員に受託建玉の処分権限を付与したものであつて、商品取引員にこれを処分する義務を課するものではないと解すべきであり(最高裁昭和四一年(オ)第七八四号同四三年二月二〇日第三小法廷判決・民集二二巻二号二五七頁参照)、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木戸口久治 横井大三 伊藤正己)

上告代理人福岡宗也、同後藤昌弘の上告理由

第一点

原判決は商品取引所法九七条一項の解釈・適用を誤つている。以下詳述する。

一、原判決は、上告人の被上告人に対する昭和五〇年八月二五日付の小豆一二二枚の買付け委託につき、証拠金の預託が全くなされていないまま取引が行なわれた事実を認めている。しかし、右の事実を認定しながら、原判決はこの取引を有効と認めている。

二、原判決の理由とする点は、委託証拠金の性質が、仲買人が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものである、という点のみである。

三、しかし、商品取引所法九七条一項の法意に、原判決のいう債権担保の要素があることは否定しえないとしても、商品取引所法九七条一項の立法趣旨の主眼はこの点にあるのではない。

四、戦前においては、商品取引は一部投資家の間でのみ行なわれてきた。この当時の商品取引は一般大衆とはほとんど無縁の存在であり、一般大衆投資家の保護の点についてはしいて留意する必要性も薄かつたのである。

しかし、戦後に至つて商品取引が一般大衆に開放され、多くの一般大衆投資家が商品取引に参加するようになつてくると投資者保護の必要性もきわめて大きくなつてきた。そこで、かかる大衆投資家の過度の投機を抑制し、投資者を保護し、また商品取引を安定させ一般経済の安定をはかるべく法律の改正が行なわれたのである。

五、商品取引所法九七条も、このような立法政策に従い、一般大衆投資家保護の一環として定められたものにほかならない。さればこそ、法九七条は、委託証拠金の徴収を任意でなく義務づけているのであるし、また本条違反の場合には同法一二二条において行政処分まで認めているのである。また、このように過当取引の抑制の目的が主眼であるからこそ、具体的状況に応じて委託証拠金の料率を変動させうるように、この料率を法定せず、料率の決定は主務大臣の判断に委ねているのである(九七条第二項)。

六、このように、商品取引所法九七条の法意が過当投機を抑制して大衆投資家を保護することにあるとするならば、かかる立法目的を達成するためには、この規定は強行規定と解せざるをえず、右九七条に反して証拠金を預託することなく取引が行なわれた場合には、強行法規違反として無効と解釈するのが当然のことである。

また、現状をみるに、一般大衆投資家の過当投機の背景には、商品取引員相互の顧客獲得競争が激化し、委託証拠金という現実の出費をさせることなく安易に投機ができるということをもつて顧客を勧誘している事実もみられるのである。そして、取引に無知な一般大衆が勧誘員の甘言にまどわされ、思わず知らず過当投機の泥沼に入りこんでいるのが現実である、かかる現実をみるかぎり、過当投機を真に抑制するためには、単に強行法規を設けて行政処分を行うにとどまらず、これに違反した右取引はすべからく無効として処理し、商品取引員自身に対しその危険性を強く認識される必要があるのである。

七、無論、解釈論としては、原判決の述べたように、委託証拠金の担保的性格を強調して、委託証拠金の預託なき取引も法的には有効と解釈することも可能ではある。

しかし、右の有効論者も、商品取引所法九七条の法意に一般大衆投資家の保護の要素があることは否定するものではない(この点は原判決も認めているようである)。そうであるとすると、右有効論はきわめて中途半端な解釈というほかない。なんとなれば、法が委託証拠金の預託を義務づけており、その限りで投資家の保護の必要性を是認していながら、結局その法的効果を有効としたのでは、ノルマと歩合に追われる勧誘員や商品取引員としては、契約自体が有効となり投資家のうけた損失金や手数料の納入が法的に確保されている以上いくらでも一般大衆投資家を過当投機の道に誘うことができ、過当投機抑制の実があがるはずはないからである。

また、法九七条一項で委託証拠金の預託を義務づけており、行政処分まで明示されていながら、これに違反した契約をなぜ有効と解しうるのであろうか。

八、このように、商品取引所法九七条一項に違反した売買取引は無効と解せざるをえないのである。しかるに、原判決は、この点の詳細な検討を怠り、同法条の解釈を誤つて判断を下しているのであり破棄を免れないのである。

第二点

原判決は商品取引所法九六条により名古屋穀物取引所の定める受託契約準則の解釈・適用を誤つている。

一、原判決は、委託追証拠金預託に関する右受託契約準則一三条の解釈につき、単に処分の権限を与えたのみであり、処分義務までを課したものではないと判示している。

二、しかし、原判決の解釈が追証拠金の入金がない場合に、全く商品取引員の随意により随時建玉を処分しうるとするものであるとすれば、右は重大な解釈の誤りと言わねばならない。

なんとなれば、商品取引員としては、追証拠金の入金がなくともいつまでも取引を継続させて様子をみ、相場が回復すれば委託者にさらに別の取引を行わせて手数料をさらに徴収することができ、また相場が回復せず損害が増大しても、委託者の資力が続くまではこれを放置して莫大な損失を負わせ、自己は全く損害を被らずにすむからである。委託者がいわゆる専門投資家ばかりであるならばこれも許されようが、近時のごとく一般大衆投資家が多数参加している現状では、委託者としては見切り時を失い、結局、商品取引員の食いものにされてしまうことが目にみえているのである。

三、右の点を考えるならば、損計算額が当該取引の委託証拠金の半額を超えた場合、翌営業日の正午までに追証拠金の預託がない場合には、たとえ即時に売買取引を処分する必要はないにしても、右より相当期間経過後には取引を処分する義務があるものと解せねばならないのである。そして本件においても、被上告人は委託者たる上告人が追証拠金の預託ができず、また、預託が事実上不可能であることを知りながら、上告人の予想される資力の限度額に損失金額が至るまでこの取引を放置し、損失額が増大するにまかせてきたのである。

四、このように、受託契約準則一三条の解釈としては、即時に処分する義務まではないとしても、そこにはおのずと一定の限界があり、相当期間経過後にはしかるべく処分する義務があると解すべきであるのに、原判決は一方的に商品取引員の処分の権利のみを認め、右の義務までも否定しているものであり、右は同準則の解釈・適用を誤つているものである。

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